バスケットボールの小さな巨人と言われている富樫勇樹(とがしゆうき)選手が「おしゃれクリップ」(日本テレビ系列)出演しました。年棒1億円を稼ぐ富樫選手はどんな人柄なのでしょうか?家族やお嫁さんも気になりますね。強くなった理由を探ってみました。
目次
1 富樫勇樹(とがしゆうき)選手の素顔
2 強い訳は?
3 富樫勇樹(とがしゆうき)選手のまとめ
1 富樫勇樹(とがしゆうき)選手の素顔
富樫勇樹(とがしゆうき)選手は1993年7月30日 新潟県生まれ、現在30歳です。
2012年のプロキャリアをスタート以降、新人王の獲得やNBAチームと契約、NBA Dリーグでのプレイなど華々しい結果を残します。
小柄ながらスピードとテクニック、スーパープレーを連発し、バスケ人気をけんいんする存在ですね。
2015年からはBリーグ・千葉ジェッツふなばしに所属し、同年からレギュラーシーズンベスト5を6年連続受賞しました。
2019年、千葉ジェッツふなばしでBリーグ日本人選手として初めての年棒1億円のプレーヤーとして話題になりました!
BLG(B.LEAGUE)建設以来、歴代最多7年連続ベスト5、アシスト王×2、3ポイント最多記録、日本人2人目となるNBA契約と華麗なる経歴の持ち主だから納得ですが、すごい金額ですね。
2021年の東京五輪では中心選手として活躍し、日本代表主将も務めました。
バスケットを始めたきっかけは何だったのでしょうか?
父、英樹さんの影響です。父もバスケットプレイヤーでした。。
父、英樹さんは元U‐16日本代表ヘッドコーチ中学・高校で指導し3度全国優勝に導く名監督です。
母もバスケットボールをしていたそうなので、バスケ一家だったのですね!
富樫選手は家庭環境の影響で自然とバスケを始めました。
幼い時から毎日自宅前で練習します。自然とバスケにのめりこむ日々が始まりました。
富樫選手は中学校時代の3年間、父親のチームでプレーしました。中学3年生の時、全国大会で優勝します。
この時、バスケットでやっていけるかなと思い始めたそうですよ!
しかし、その一方で富樫選手ならではの悩みがありました。それは何でしょうか?
父との関係です。
中学時代、コートの中で怒られ、家に帰っても父がいるという空間は気まずかったそうです。
家に帰ったらバスケットの話はいっさいしません。驚くのはバスケの話だけでなくバスケとは全然関係のない話もしません。
父親と全く会話がないのです!独特な環境ですね!
仲悪いわけではなく、気まずいそうです。お二人ともすごく不器用なのかもしれませんね。
富樫選手は当時めちゃくちゃシャイな少年だったそうです。全国大会で優勝した瞬間も普通にしている少年でした。
感情を表に現わすタイプではなかったのですね。
富樫選手の少年時代の素顔がわかります。
年棒1億円稼ぐ富樫選手は奥さんはいるのか気になりますね!
ほとんど私生活の情報を出さない中、2015年ツイッターでと「結婚おめでとう」と掲載されていました。
そこから推測すると富樫選手は秋田美人と結婚したそうです!富樫選手は好みの女性の条件に、自分より背が低いこと、と上げています。きっと小柄な可愛らしい女性なのでしょうか!
富樫選手はBリーグ秋田ノーサンハピネッツに在籍していた時期があります。その時に知り合った可能性が高いです。
公私ともに順調な様子は、きっとプレーのも影響しているのですね。
2 強い訳は?
小柄ながらテクニックは全国でも指折りの富樫選手には小さい頃から、誰にも負けないバスケットの武器があります。
それは会話のない父から伝授されました。それは何でしょうか?
フローターシュートです。
バスケットにはレイアップシュートといって、走りながらゴール下で打つシュートがあります。
これを身長が低い選手がすると、高い身長の選手からブロックされてしまいます。
フワッと浮かせるのがフローターシュートです。このシュートは背が高いディフェンスも手が届かないのが特徴です。
父は小学校4年生の時、小柄だった富樫選手の為に戦う武器のひとつとしてフローターシュートを教えたのです。
富樫選手の現在の身長は167㎝です。
全日本バスケットボールの八村塁選手は203㎝、渡邊雄太選手は206㎝、バスケット選手の平均は190㎝オーバーです。
富樫選手は今もけっして身長は高い方ではありません。
そんな中で「フローターシュート」は富樫選手の「ひとつの大きな武器」となってます。
確実に得点に結び付く、プレーの幅を広げてくれたシュートなんですね!
フローターシュートは走りながら、自分のスピードと上げる角度を一瞬で計算するとても難易度があるシュートテクニックです。
これを正確に決められるのが、富樫選手の強さの秘訣の一つです。
人前に立ってしゃべるのが苦手、引っ込みじあんだった富樫選手は高校進学時に大きな決断をしました。
それは何でしょうか?
単身でアメリカ留学に行ったのです。
日本で進学したい高校が見つからなかったからです。どこの高校も父との関係があり富樫さん自身も監督を知っている環境でした。
日本の名門校の監督は父親の知人だったのですね。
富樫さんは自分がその監督に怒られるイメージも湧かないし、気を使われるのも嫌だと感じていました。
そこで父が尊敬している中村和雄監督に相談しました。
中村監督は数々のチームを優勝に導いた監督歴50年のベテランです。日本代表女子の監督を歴任してますね。
中村監督は富樫選手を見て「小学校三年生からゲームに出だして、バスケのリズムが別格だった。(中略)。富樫にああだこうだ教えることはない。感性だから。そういう環境にいれば、富樫は自分で切り開いていく。」
(おしゃれクリップより)
そして「アメリカに行け」とアドバイスしました。
富樫選手は環境を変えて0の状態からバスケをすることになりました。
アメリカは自分から行動しなければならないので、シャイさが徐々に取れてきたそうです。
富樫選手はその時の状態を教えてくれました。
1年目は試合に出るのが怖かった、気持ちを変えてみた、気持ちメンタルはプレーに影響するのを実感し、無理矢理にでもポジティブに思おうかな。
(おしゃれクリップより)
無理矢理にでもポジティブに思うことは、バレーボールで活躍している石川祐希選手も話していました。
スポーツ選手にとってメンタル面の持ち方はプレーに影響があることがわかりますね。
アメリカに行ってポジティブキャラを身に着けたことは強さの秘訣の一つではないでしょうか。
3 富樫勇樹(とがしゆうき)選手のまとめ
富樫勇樹(とがしゆうき)選手が「おしゃれクリップ」(日本テレビ系列)出演しました。
2022年12月公開映画「THE FIRST SLAM DUNK」空前の大ヒットでした。プロバスケット男子BLG(B.LEAGUE)今年最多入場者320万人を記録するバスケットブームです。
富樫選手はその中心的存在です。
バスケットを始めたのは父の影響です。でも、父との関係は会話のない日々が続きます。
仲が悪い訳でなはない独特の環境です。言わずともお互いを尊敬しあい、信頼しあっています。それは今も続いてます。
父は小柄だった富樫さんにフローターシュートを伝授しました。
富樫さんはその技術を武器に、年棒1億円を稼ぐ選手に成長しました。
引っ込みじあんだった性格をポジティブキャラに変換出来るのも、富樫選手の強味です。
パリ五輪に出場して活躍を願っています。応援しています!
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